大阪天満よみうりSGG代表廣内裕子よりご挨拶

大阪天満よみうりSGGクラブ新ホームページ掲載にあたってのご挨拶

大阪天満よみうりSGGクラブ代表  廣内 裕子

大阪天満よみうりSGGクラブ発足20周年を前に長年の願いであった新HPを日本語と英語で作成することができた。作成にあたっては、ブログデザイン勉強中のあさみさんのご尽力なくしてはできないことだった。今後も関西の魅力を多くの海外からの観光客に伝えるだけでなく、日本文化発見をどんどんライフワークとして楽しんでもらえることを切に願っている。

「癒しの日本文化」のコーナーには会員が考える「癒しの日本文化」についてエッセイ風に好きなことを毎月800字程度の内容で掲載していく。

2017年9月1日 更新

 

《癒しの日本文化》 第2回

「菊との思い出」  廣内 裕子

春の桜に対して日本の秋を象徴する花、「菊」。菊は日本の国花で、鎌倉時代、後鳥羽上皇が菊の花の意匠を好み、菊紋を天皇家の家紋にした「菊」の花ことばは「高貴」「高潔」「高尚」で、菊の気高い美しさに由来すると言われている。赤い菊は「あなたを愛しています」白い菊は「真実」黄色い菊は「破れた恋」を表し、色によって菊の花言葉が違う。

32年目になる9月の結婚記念旅行のひとつに皇居の中の見学を選んだ。皇居の中の売店には、「菊」の紋が入っている特別なお土産が売ってあり、私はそのうちのひとつに菊の紋が入った夫婦茶碗と湯のみを買った。結婚した時に亡き母が結婚祝いにとプレゼントしてくれた夫婦茶碗と湯のみが阪神淡路大震災の時に割れてしまい、その後気に入ったものがなく食事をしていたが、この菊の紋が入った夫婦茶碗と湯のみは、私達夫婦の記念になるぴったりのものになると思い、すぐにお土産に買った。今年は、秋篠の宮家の内親王、真子様のご婚約の年でもあり、お茶碗と湯のみで食事をする度に特別な思い出の年を振り返る喜びが感じられることになる。

また、10月下旬から11月半ばまで全国で菊花展が開催される。秋の風物詩でもある菊花展は、手間ひまこめた愛情たっぷりに育てられた色とりどりの素晴らしい「菊」に魅了される時でもある。海外の観光客の方も秋の紅葉の時期のこの菊の展覧会の日本の美に特に感動されることが多く、大阪城をバックに高貴な「菊」と一緒の写真をたくさん撮られ、この一年のいろいろな思い出を振り返られることが多い。これからも菊との思い出はいろいろあると思うが、毎年みごとな花を咲かせてくれる菊に癒されるのは、私だけではないだろう。

 

《癒しの日本文化》 第3回

「西国観音巡礼」  吉川 紀美子

世界には様々の宗教と聖地を巡る旅があります。エルサレムの嘆きの壁やゴルゴタの丘の十字架の道、サウジアラビアのメッカ、北スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼街道など。日本にも古くから伊勢詣で、熊野古道、西国観音巡礼、四国88ヵ寺遍路などの巡礼道があります。

その中で今回は私達のクラブの会員が、ガイドとして日頃ご案内しているお寺にもご縁が深い「西国観音巡礼」にスポットを当ててみました。 大阪四天王寺は西国観音巡礼を初めるにあたって、発願祈念をするお寺、奈良興福寺南円堂は第9番札所、京都清水寺は第16番札所です。 西国観音巡礼の創始者、徳道上人(とくどうしょうにん)は奈良時代、今から1300年以上前の人です。言い伝えによると、上人はある日、仮死状態となり閻魔大王の御前に呼ばれました。閻魔様は、人心の乱れを憂い、観音信仰をもって仏心の開花を望まれました。 そして徳道上人に三十三ヵ寺の宝印を託し、観音霊場開創を依頼されたのです。 観音様は聖観音、十一面観音、千手観音、馬頭観音など三十三の姿に変化(へんげ)して民衆を救って下さると信じられています。三十三ヵ寺の宝印が押された笈摺(おいづる。経帷子とも言う)や納経帳を持っていれば、閻魔大王により無条件で、極楽へ導かれると信じる人達が数多くいて、1300年の時を経て、今も巡拝が続けられているのです。

実は私も西国観音道や四国遍路などの祈りの巡拝を、繰り返し歩き続けている一人です。仏像の中でも私は特に、観音様の優しい御姿に惹かれ、癒されています。その前では自然と頭を下げ、自身の今の幸せに感謝し、真摯に世界中の人々の平和を祈る、清々しい気持ちに不思議となれるのです。

2017年12月10日 更新

 

《癒しの日本文化》 第4回

「二十四節気と七十二候」  反町 真紀

新たな年を迎えカレンダーを眺めていると馴染みのある二十四節気を目にします。小寒(1月5日頃)や大寒(1月20日頃)には寒さで身も引き締まる思いがし、立春(2月4日頃)には春への誘いを感じ得ないではいられません。二十四節気は私達の生活に馴染みがあり、半月ごとの変化を示していますが、これを更に5日ずつに分けて気候の変化や動植物の変化を知らせるのが七十二候です。

元来は中国のものですが、日本の風土に合うように江戸時代に本朝七十二候が作られました。現在主に使われているのは明治時代に改訂された略本暦のものです。日頃目にする機会は少ないかもしれませんが、2月3月を例にとれば立春初候(2月4日〜2月8日)の東風解凍(はるかぜこおりをとく)からは遠くから春の足音が聞こえてきそうですし、啓蟄初候(3月6日〜10日)の蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)とあれば冬眠していた虫たちが暖かい日差しの下に出てき始める兆しがあります。啓蟄次候(3月11日〜3月15日)の桃始笑(ももはじめてさく)には思わず顔もほころびそうです。寒さの中で背中を丸め冬籠もり状態の私も背筋を伸ばし、柔らかい春の日差しの下で背伸びをしたくなり、心なしかうきうきしてきます。春分次候(3月26日〜3月30日)の桜始開(さくらはじめてさく)の頃には桜の開花宣言を心待ちにするのではないでしょうか。

私達が二十四節気や七十二候で肌に感じる暑さ寒さだけでなく、美しい日本語の表現で自然の移ろいを察知し、日々の生活に張りを持たせているのだと思います。候ごとの花や鳥、草木や自然の変化にまなざしを向け共に生きてきた日本人に心のぜいたくを与えてくれます。またその時々の自然からの恵みである旬のものという贈り物を美味しくいただける幸せもあります。

2018年2月11日 更新

 

《癒しの日本文化》 第5回

 「香り」   上田めぐみ

日本における香りといえば「香道」。香道で使われる香木が日本に伝来したのは、今から1400年以上前といわれています。日本書紀によると、595年に淡路島に“沈水(沈香という香木)“が漂着し、島民が火に入れたところ素晴らしい香りが辺りに立ちこめたことから始まったと言われています。

奈良時代には、主に仏前を浄め、邪気を払う「供香」として用いられ、宗教的な意味合いが強いものでした。香料は、直接火にくべてたかれていたと考えられます。鑑真和上は仏教の戒律と共にたくさんの香薬をもたらし、また香の配合技術も伝えたと言われています。

平安時代には、貴族の間で香りの文化が広がり、室内に香をたきこめたり、着物にたきしめたりと、香りを生活の一部として取り入れました。

鎌倉、室町時代には、武士が台頭し、香木の香りを繊細に鑑賞する「聞香」の方法が確立されました。室町時代に東山文化が花開いていく中、茶の湯や立花と同じく香も文化の一翼を担っていきます。

江戸時代には、武士階級の他に経済力を持った町人にも香文化が広まります。「組香」の創作や、それを楽しむために多くの香道具が作られ、香を鑑賞するための種々の作法が整えられ、香は「道」として確立されていきます。一方、中国からお線香の製造技術が伝わり、庶民の間にもお線香の使用が浸透していきます。

現代においては、日本人の暮らしにあった新しい香りが開発されています。季節や環境によって、香りの感じ方は違いますが、ふと気付いた香りに懐かしさを感じたり、昔の記憶がよみがえったりすることが多々あります。私は、疲れたときやリラックスしたいときは、これと決め長年愛用している香りがあります。そのお香に火をつけると心身共に癒され、人類の歴史は常に「香り」とともにあったのだなと想いをめぐらせほっこりした気分になります。

 

《癒しの日本文化》 第6回

 「和食」   細川祐子

人々が生きて行くうえで欠かせないもの、「食」。日本には世界に誇れる食文化、「和食」があります。「和食」は2013年に、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

ひとこと「和食」といっても多岐にわたります。日本には四季があり、その季節や地域ごとに年中行事があり、それぞれに結び付いた食材を用いた料理を頂けます。たとえばお正月にはお節料理やお雑煮、5月の節句にはちまき、中秋の名月にはお月見団子、11月の七五三では千歳あめ、大晦日には年越しそば等々。それ以外にも御祝膳、懐石料理、会席料理、精進料理など、和食文化は私たち日本人の生活に密接しています。

また日本では、季節ごとに採れる食材が異なります。春はたけのこ、春キャベツ、夏は初鰹やハモ、すいかやなす、きゅうりに新茶、秋には栗やマツタケ、さつまいも、りんごやぶどう、新米、秋刀魚や牡蠣など、冬は白菜、大根、みかん、蟹やフグなど。スーパーなどの店頭に並べられた食材を見て、季節を感じることができるのです。そしてその季節ごとの初物を頂くと福を呼び込むとも言われ、縁起が良いとされています。

「和食」には、鰹節、昆布、椎茸、煮干しなどを用いて「だしを取る」という独特の料理法があり、この和風だしが食に旨みを加えます。日本の和風だしから出る旨みが、いま世界から注目され、フレンチやイタリアン料理にも用いられるまでになっています。

現在の日本では、イタリアン、フレンチ、中華、アジアンなど世界各国のお料理を頂けますが、「和食」ほどきめ細やかなお料理は他にはないというほど、細部まで気配りがされています。味は繊細で食材もヘルシー、器や盛り付け、彩りにも工夫が施され、食べて楽しむだけでなく、見て楽しむこともできます。

私も各国のお料理を頂きますが、最後にたどり着いてホッと癒されるのは、やはり「和食」です。この「和食文化」に誇りを持ち、永遠と次の世代へ引き継いでもらいたいものです。

 

 

 

【癒しの日本文化】第一回目

彼岸花と家族との思い出

お彼岸の頃に咲く彼岸花の花言葉を知っていますか。

【花言葉】
花言葉は「情熱」や「再会」「悲しい思い出」「独立」。

higan

わたしの彼岸花の思い出といえば、
親戚の叔母さんが、彼岸花の話を語ってくれたことで
こんな真っ赤な花があるもんだと思ったことが記憶にうっすら残っています。

その叔母さんはもう80歳を過ぎているのですが、まだまだお元気です。

叔母はわたしのおじいさんにとてもよくしてもらったとか。
昔は女性が大学まで行くなんてのはめったにないくらいで、
その叔母さんも勉強が好きだったけれど、お金がなくてあきらめようとしたそう。
しかし私のおじいさんが、お金を工面して、なんとか短大を卒業することができた、
本当に感謝していると話してくれました。
おじいさんは私が生まれる前に亡くなりましたが、
やはり孫の私にとっておじいさんの心配りを聞いて涙が出るくらいうれしいもいのでした。

 

あさみ(HP作成者)